鏡山次郎ＨＰ

ふるさとの会文章部会　寅次郎　編

（ふるさとの良さを活かしたまちづくりを進める会　文章部会　部員）

刻印石や矢穴石

小山・大塚の石切り場

１　小山・大塚の山登り

　「山登りになるけど、年明けの１月４日に小山の石切り場を見に行かないか？」

　昨年の暮れにあったふるさとの会の世話人の会合の席でこのようなお誘いの話をいただいた。

　小山の石切り場については、昨年の６月に白石神社の狛犬を見に行ったときに参道の入り口のところに石切り場の説明版があったのを見て、白石神社の周辺にそれがあるのではないかと勝手に思い込んでいた。

　冒頭の誘いを受けたときに私は、「ぜひ行ってみたい」と返事をしたが、白石神社の裏山やその周辺を歩くのだろうから、２時間もあれば歩ける行程ではないかと予想していた。

　１月４日の朝、私は地下鉄で山科駅まで行き、そこから待ち合わせ場所である小山の「飴匠さわはら」まで歩くことにした。山科駅から待ち合わせ場所までは３０分程度で行けると思ったので。少し余裕を見て８時１５分に山科駅に到着して歩き出した。

　余談だが、外環状線を左折して旧東海道に入り、少し速足で歩いていたときであった。歩道のちょっとした段差に躓いた私の身体は勢いよく宙を舞い、両手両足を広げてダイブするような姿勢で道路にたたきつけられてしまった。“幸いにも両肘と両膝が均等に着地したため、肘と膝に少しの擦り傷を負っただけで済んだ”と思いながら立ち上がり、再び歩き始めたところで唇に違和感を感じて触ってみたら下唇が少し腫れて出血していた。転んだときに唇が道路に接触したのだろうと思いながら、先を急いだ。

　集合場所には私を含めて４名が集まった。地理に疎い私は、先導者の後ろを歩くことにした。小山の地はこれまで２回訪れたことがあり、白石神社のだいたいの位置は分かっており、そちらの方向に歩いて行くのだろうと思っていた。ところが、先導者は反対方向に歩き出し、音羽川を越えて行者ケ森の方向に向かって山の中に入っていくのだった。

　“いったいどこに行くのだろう？”

　そんなことを思いながら谷沿いをしばらく歩いたところで、先導者はいったん立ち止まり、そこから方向を変えて山の斜面を登り始めた。斜面には枯れ葉が厚く堆積していて、道のようなものは見えなかった。枯れ葉は滑りやすくて歩きにくいことに加え、枯れ葉が窪地を隠していたので、窪みに足を取られそうになったりしながら、一歩一歩慎重に登って行った。

　“なるほど、これは山登りだ！”

　２０分程度登って行くと、前方に大きめの石が一つ目に入ってきた。

　「これも切り出された石の一つだろう」

　先導者が教えてくれた。そこでしばらく立ち止まって石を観察した後、山頂方向にさらに登って行った。

　１５分程度登っていくと、大きな石がごろごろ集まっている場所に到着した。石というよりも岩と言った方がよいかもしれない。その辺りを歩き回ってみると、大きな石がいくつか重なり合っているところを何か所か見つけることができた。

　“これが石切り場か！まるで神社の磐座のようにも見えるなあ…”

　一つ一つの石をよく観察してみると、石の外縁が歯車のようにギザギザになっているものを見つけることができた。

　“このギザギザは石を割ったときにできたものに違いない！”

　私は、そのことをすぐに直観した。私が、そう直観したのには訳があった。それは東山区長時代の経験があったからだ。


２　豊国神社の巨大石垣など

　東山区にある豊国神社の大鳥居の両サイドにある巨大な石で造られた石垣は、もともと豊臣秀吉が造った方広寺大仏殿の石垣であった。
　私がこの石垣を初めて目にしたのは、今から約５０年前の学生時代である。この石垣の大きさに圧倒さながら一つ一つの石をゆっくり観察していたときだった。大鳥居の北側の大きな石の中央に小さな穴が縦にミシン目のように並んで彫られていることに気づいたのだ（写真１）。

　“この穴はいったい何なのだろう？”

　そんな疑問が湧いてきたが、観光ガイドブックなどを読んでもそれについて言及したものがなく、その疑問を解くことはできなかった。

　それから約３５年後、私は東山区長になり、東山区内を歩き回っているときに、豊国神社に行ってその石と再会したのだった。ミシン目状の穴を見たとき、学生時代の疑問が鮮やかに蘇ってきた。

　“あのときの疑問は解決できないままだったな！”

　そんなことを思い出して、区役所にある文献をいろいろ調べてみたが、その穴のことを説明したものは見当たらなかった。
　ところが、インターネットでいろいろ調べてみると、私と同じような疑問を抱いた人が調べたことを載せているサイトが見つかったのだ。そのサイトには、このミシン目状の穴は、大きな石を割るために彫られたものであることが書かれていた。どのようにして割ったのかということについては、この穴にしっかり乾燥させた木をぎゅうぎゅうに詰め込んで、そこに水を掛けて木が膨張する力を利用して石を割ったのだと書かれていた。

　“そんなことで本当に巨大な石が割れるのだろうか？”

　私はそれを読んでもすぐには信じなかったが、少なくともこのミシン目状の穴は石を割る方法として彫られたことだけは確かだろうと思った。そして、このサイトには、このミシン目状の穴によって割られた石の縁には、穴の跡が歯車のように残っていることも書かれていた。そこで、豊国神社の石垣の石を丹念に観察したところ、石の縁に歯車のようなギザギザが見られるものをいくつか見つけることができた。

　“やはり、このミシン目状の穴は石を割るためのものなんだ！私が見つけたミシン目状の穴が残っている石は、何らかの理由で割る必要がなくなり、穴がそのまま残った状態でここに置かれたのだろう…”

　当時は、そこまでのことしか分からなかった。

　その後、まち歩きで豊国神社を案内するたびに、そのミシン目状の穴のことを説明していたが、この穴を使って実際にどのようにして石を割ったのかをちゃんと調べてみる必要があると思うようになった。そこで、豊国神社の石垣に限定せずに、一般的に石を割る技術について書かれたものを文献やインターネットで調べたところ、造園の世界では今でもミシン目状の穴を掘って石を割っていることが分かった。実際に、YouTubeでその技術を使って石を割っている様子も紹介されていた。それによると、このミシン目状の穴は「矢穴」と呼ばれ、この穴の奥に矢じりの様に先が尖った細長い鋼鉄の棒を深く打ち込んでいく作業を各穴に対して繰り返し行うと、あるタイミングで石がパッときれいに割れるということだった。

　“矢じりのように先が尖った棒を打ち込む穴だから「矢穴」と呼ばれるのだろうか…？”

　私は勝手ながらそんなことを考えた。

　そんなことがあって、私はいろいろなお城に行くたびに、石垣の石を詳しく観察するようになった。ミシン目状の矢穴がそのまま残っている石を見つけることはできなかったが、歯車のようなギザギザが残っている石は結構見つけることができた。また、伏見桃山で豊臣秀吉が造った伏見城の石垣の石が残っている場所に行った時も、同じような石を見つけることができた。

　“このような石はいったいどんな場所で切り出されたのだろうか？”

　次に、そのような疑問が湧いてきた。瀬戸内海の島には石切り場があったと聞いたことがあるが、東山区長時代には、京都近郊でそのような場所があるという情報は得られなかった。

　また、お城の石垣の石を観察していると、その石を奉納した大名の家紋が石に彫られていることも見つけることができた。例えば、島津藩であれば「丸に十字」であり、これは京都の島津製作所の紋章でもある。豊国神社の参道に敷かれた石にも島津藩の家紋を見つけることができた。

　“こんな巨大な石を遠方から運ぶのは大変だろうから、ひょっとして京都の近くにも石の産地があったのかもしれないな…”

　そんなことも考えたが、東山区長時代にはそれを調べることはしていなかった。


３　小山・大塚の石切り場再び

　東山区長時代に以上のようなことを経験していたので、山を登ったところにあった石切り場を見たときに、感激のあまり「こんな場所で石を採取していたんだ。京都にも石切り場があったんだ！」と思わず独り言を発してしまった。
　この石切り場で最大級だと思われる大きな石には、「〇」の上に漢数字の「一」が彫られ、その〇の斜め右に小さく漢数字の「二」が彫られていることが分かった（写真２）。

　“これはこの石を切り出そうとした大名の家紋だろうか？”

　そんなことを思ったが、家紋にしては斜め上の小さな「二」が彫られているのが不自然のようにも感じた。

　しばらくすると。他の場所を調べていたメンバーがやってきて、「向こうに矢穴がたくさん掘られている石がある」と教えてくれた。

　その石（写真３）を見たとき、私の脳裏に豊国神社の大鳥居の隣にある巨大な石のミシン目状の矢穴が蘇ってきた。

　“やはり、ここでも矢穴を掘って石を割っていたんだ！”

　石切り場の現場で矢穴を確認できたことが嬉しかった。

　こうしてしばらくその辺りの石を調べた後、山を下ることになった。


４　あとがき

小山・大塚の石切り場登山を終えた翌日、鏡山次郎氏のホームページの「京都山科　史跡楽訪　地域別散策コース　解説資料」の中の「小山地域　散策コース　１０　大名岩」を確認したら以下のことが記されていた。

　今回、私が登った石切り場はこのような先人たちによって発見されたことを知り、そんなことも知らずに山登りに参加した自分の不勉強を恥ずかしく思うとともに、京都にも石切り場があったことを多くの人に知ってもらいたいと思った。

　ふるさとの会では、現在「第８回の山科の遺跡・遺産巡り」として（２０２５年）４月２６日（土）に小山地域の遺跡遺産を巡るコースを企画しているところであり、石切り場のことが主なテーマになる予定である。ぜひとも多くの皆さんに参加していただきたいと思う次第である。


（寅次郎　２０２５．２．２５）

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