鏡山次郎ＨＰ

ふるさとの会文章部会　寅次郎　編

（ふるさとの良さを活かしたまちづくりを進める会　文章部会　部員）

清水焼の郷会館（清水焼団地内）

清水焼って何だろう？

　“山科区に清水焼団地があるのはなぜだろう？”

　今から３０年くらい前、山科区内を自動車で走っているときに、道路沿いに「清水焼団地」という名前を見つけ、そんな疑問を抱いたことを覚えている。当時は、「清水焼」は東山区にある清水寺の近辺で焼かれる焼き物だと思い込んでいて、山科で清水焼が焼かれていることに驚いたのである。
　それから１５年くらい後に、私は東山区長に就任した。東山区内をいろいろ歩いてみると、清水焼の窯元がたくさんあるのは、清水寺の近辺というよりも、主に五条坂周辺地域、今熊野日吉地域、そして泉涌寺と東福寺の間の地域（泉涌寺地域）であることが分かってきた。

　“清水焼は、清水寺近辺だけで焼かれているわけではないんだ！清水焼団地は、東山を挟んで今熊野と反対側にあり、清水寺からそんなに離れているわけではないので、そこで清水焼が焼かれていても不思議ではないわけだ。”

　清水焼団地についての疑問は解消したが、次のような疑問が新たに湧いてきた。

　“厳密にいえば清水地域で焼かれていないのに「清水焼」と呼ばれるようになったのはどういう経過があったのだろうか？”

　そこで、清水焼の歴史について調べてみた。

京都に焼き物の製法が伝わったのは，安土桃山時代に瀬戸焼の職人が京都に来て粟田地域で焼き物を始めたのが最初だといわれている。江戸時代のはじめ頃に「粟田焼（粟田口焼）」がだんだん隆盛していくと、それが清水寺周辺にも広がり、そこで焼かれる焼き物を「清水焼」と呼ぶようになった。さらに、同じ時期に清水寺の音羽の滝の水が流れ込む音羽川周辺でも焼き物がはじまり「音羽焼」と呼ばれるようになった。ちなみに、当時の音羽川は、五条通（五条坂）の南側を五条通に並行して東西に流れていた（現在は戦時中に拡幅された五条通の南側の歩道の下を流れているが、暗渠になっているため見ることができない）。
　そして、粟田焼は次第に衰退して行き，東山地域では音羽焼と清水焼が盛んになったことから江戸時代中頃にはこの二つの焼き物を総称して「清水焼」と呼ぶようになったということだ。

　清水焼がこの地域で隆盛したのにはいくつかの理由があると言われている。
　清水寺から五条坂辺りでは焼き物に適した良質の陶土が採取できたことが一つ目の理由だ。そして、五条坂や音羽川辺りの地形は、西から東へと緩やかに上がる傾斜になっており、「登り窯」を作るために適していたというのが二つ目の理由だ。

　清水焼の特徴は，お客さんからの依頼によって焼き物の形や色や模様などのデザインを自由に変えていくことだと言われている。文化の都でもある京都では，お茶（茶道）や京料理や社寺で使う器など様々な用途で注文があり，それに柔軟に対応してきたことがこのような特徴を生み出すことになり、それが京都の地で清水焼を発展させていく原動力になった。ちなみに、五条坂近辺の陶土は江戸時代の途中で採れなくなったが、その代わりに焼き物の用途やデザインに合った陶土を全国から取り寄せることとなり、数種類の陶土をブレンドするなどして清水焼の特徴がさらに発揮されることとなった。
　また、明治になって，清水焼は世界で注目されるようになった。パリ万博などで出展した清水焼が評判となり，世界から注文が集まった。清水焼の特徴はここでも活かされ，外国人好みの作風がどんどん広がっていった。
　こうして江戸時代から明治時代にかけて清水焼は最盛期を迎えることとなり、１８８４年（明治１７年）には、五条坂に登り窯が２６基もあったと言われている。

　しかし、第二次世界大戦以降、清水焼をとりまく状況は大きく変わっていった。

　第二次世界大戦のときには、職人が兵隊として動員されたりして清水焼は一時的に生産が落ちていった。一方で，終戦前には，国からの命令で毒ガス製造過程で使う器具や焼物製の手榴弾の生産などを行うようになった。また、日本初のロケット（呂号ロケット）の燃料精製装置にも清水焼が使われることになったが，１号機用の装置を作った直後に終戦を迎え，その実用化はされなかったということだ。

　戦後の高度経済成長期には清水焼もどんどん生産を増やしていった。しかし，登り窯で清水焼を焼くための薪として使われる松の木の需要が他の分野でも増大し，薪不足により生産が追いつかなくなっていった。さらに、大量の煙を排出する登り窯は，大気汚染防止法などの施行により使用ができなくなってしまった。

　しかし，清水焼の職人さんや関係者の努力により，陶器だけではなく磁器も焼ける電気窯を苦労の末いち早く開発したことから，清水焼は再び生産を伸ばすことになった。

　このような清水焼をとりまく状況の変化は、従来の清水焼の概念を見直す契機ともなった。登り窯に代わって使用されるようになった電気窯は普通の家でも設置することが可能であり、五条坂近辺でなくても清水焼が焼けるようになったのだ。現在でも清水地域や五条坂地域で清水焼を焼いている職人さんはいるが，清水焼の生産量に占める割合はごく僅かとなっていて、むしろ現在では，東山区南部の今熊野日吉地域や泉湧寺地域，そして山科区の清水焼団地などの方がたくさんの清水焼を生産するようになったのだ。

　このような経過を踏まえると更なる疑問が生まれてきた。

　“清水地域や五条坂地域以外でも清水焼が焼かれるようになった経過は分かったが、では、東山区や山科区以外で焼かれたものでも清水焼と認められるのだろうか？”

　この点について調べてみると、現在、一般的に「清水焼」と呼ばれる焼き物は、１９７７年（昭和５２年）に経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定された「京焼・清水焼」のことであり、京都で焼かれた焼き物全般を意味するということだ。（ただし、京都で焼かれたものでも、「楽焼」のようにあえて清水焼と呼ばないこともあるようだ。）

　今年の１１月に清水焼団地を歩く機会があった。静かな団地内を歩いていると、「清水焼の郷会館」という建物（写真）が見えてきた。中に入ると、壁には清水焼団地の歴史を紹介した大型の垂れ幕のようなものが四つ設置され、その下には団地で焼かれた清水焼の作品が並べられていた。ゆっくりと館内を見学した後に、印刷物などの資料の展示コーナーに、『新天地を求めた京焼～清水焼団地五十年の歩み』という冊子（写真）が置かれていて、それを販売しているという案内が目に入ってきた。事務所の受付の女性にその冊子を購入したいと申し出ると、その方は事務所奥の上司とみられる男性に声をかけて何か話をされた後に冊子を持って戻ってこられた。

　「この冊子を無料で進呈します、どうぞ。」

　その方は、そう言われて私に冊子を渡してくれた。

　そして、受付台に置いている清水焼団地のマップを持って来られ、赤いマーカーでマップの中のいくつかの建物を〇で囲んで私に示してくれた。

　「これらの建物は、ギャラリーも併設していていろいろな作品を見ることができます。お時間があればゆっくりご覧ください。」

　その方は、にっこり笑ってマップを渡してくれた。

　私は、嬉しさのあまり自分の顔が少し火照っているのを感じていた。

　「いろいろとありがとうございます。ゆっくりと清水焼団地内を見学させていただきます。」

　こうして会館を後にした私は、教えられたギャラリーを見て回った。ギャラリーでは、それぞれの陶芸家の個性的な作品が展示されていて、清水焼の魅力をじっくりと味わうことができた。

　また、清水焼団地を歩いて思ったのは、たくさんある窯元と、陶磁器の材料を扱う業者、焼き物を収める木箱を製造する業者、卸や販売などの流通業者などが同じ地域に集約され、互いに協働し合う環境が整っているということだ。この点について、東山区内で高度経済成長期に新たに窯元ができた今熊野日吉地域や泉涌寺地域では、一般の民家に混じって窯元が点在していることと、関連業者との関係も見えにくいという印象があり、清水焼団地との違いを感じた。

　『新天地を求めた京焼～清水焼団地五十年の歩み』では、昭和３６年８月に業界有志５０人により「清水焼団地造成同志会」が結成されて以降、行政や大学と連携して作成したマスタープランに基づいて昭和３８年から造成工事が始まり、約１０年の歳月をかけて清水焼団地ができたことが記されていた。このマスタープランの中で、清水焼の生産や販売に必要な環境が計画的に整備されたことが清水焼団地の大きな特徴になっていることが分かった。

　近年、清水焼の生産や消費は低迷しているという話を聞く。安価な食器が大量に生産・消費されるこの時代に、高級な陶磁器が中心の清水焼がなかなか売れないのは分からないではないが、東山区長をしているときに次のようなことを経験した。

　五条坂にある有名な陶芸家の窯元を訪ねて、そこで焼かれた陶磁器の小さな茶碗で冷たいお茶をいただいたときのことだ。その茶碗でいただいたお茶がほんのり甘くて美味しかったので、そのことをその陶芸家に話すと、その方は次のような話をされた。

　「このお茶はごく普通のものですが、多くの皆さんからそのような感想をいただきます。それは多分、この茶碗の飲み口が唇に当たる滑らかな感触からくるものではないかと思います。」

　そう言われて、改めて飲み口に唇を当てて感触を味わうと、普通の茶碗とは何かが違うような気がした。

　そんなことがあって、私は自宅で焼酎を美味しく飲むために、少し奮発して清水焼の陶磁器を購入した。その器で飲むと、普段飲んでいる安物の焼酎でも美味しく感じられて、ちょっとぜいたくな時間を味わえるようになった。

　地球温暖化や異常気象など地球環境の危機が叫ばれる中、環境破壊の大きな原因の一つが大量生産・大量消費による地球資源の枯渇と廃棄物の増加だといわれている。このような大量生産・大量消費をやめて、少し高くても良質の製品を長く使い続けるという文化の重要性が再認識されてきている中で、清水焼の良さが今一度評価されるべき時代になっているのではないか。夜な夜な清水焼の器で焼酎を飲みながらそんなことを思っているこの頃である。


（寅次郎　２０２４．１１．２６）

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