| 鏡山次郎HP |
ふるさとの会文章部会 なにば 編
(ふるさとの良さを活かしたまちづくりを進める会 文章部会 部員)

体調不良に悩まされて
まだ肌寒い時期に原因不明の体調不良に陥りました。立っていると、めまいやふらつきが起こり、手足が氷のように冷えて、特に足が真っ白になりました。体中の血の気が引いて、倦怠感や食欲不振に悩まされました。
なんとかしなければと思い、まずは脳神経外科に相談しました。MRIの結果では、脳の内部にも血管にも何の問題もないことがわかり、ほっとしましたが、問題解決には至りません。脳神経外科のリハビリ室で首をあたためた後、医療用ウォーターベッドで全身の血行をよくするための電動マッサージを受けました。このウォーターベッドはまるで生き物のようです。ベッドに横たわると、身体のサイズや足や腰や首の位置を確認したうえで、マッサージ機能を発揮します。まるで、テニスボールが身体の下をニョロニョロと走っているような感じで、とても気持ちよくなります。また、足とふくらはぎを適度に締め付けたり、緩めたりするので、血流が改善されました。帰るときは身体がポカポカになっていました。
もう治ったかと喜んだのもつかの間、また冷え性とふらつきが戻ってきました。それで、次に行ったのが内科です。いわゆるかかりつけ医で、定期的に行く医院ですが、そこで血流を良くするための漢方薬を処方されました。それを飲んだら、かなり体調がよくなりました。
その次に行ったのが鍼灸院です。ここでは症状によって違う部位に鍼灸の施術をしてくれます。身体の部位の絵を使いながら、かなり詳しく説明してくれます。私が症状について話すと、首と頭と足に鍼を打ち、首に近いところにお灸を施してくれました。鍼はごく短いもので、一瞬刺すだけです。施術の終りに、耳の付け根と足に2~3日置いておくようにと極めて小さな鍼を貼ってくれました。いわば、ピップエレキバンの鍼版です。これで症状は改善しました。
さらに、冷え性対策として、身体をあたためようと、薬草湯のある銭湯を探しました。しかし、山科の銭湯はすべて閉館してしまったことがわかりました。それで、地下鉄ですぐ行ける醍醐の銭湯に決めました。その銭湯は大きめで、カフェコーナーもあり、地元のみなさんのくつろぎの場にもなっているようです。そこは自動販売機で入湯券やアメニティチケットや飲み物券を現金で購入するシステムで、そのチケットを番台の人に渡して銭湯に入ったり、アメニティーをもらったりするのです。
メインの浴槽は大きく、一部ジャグジーになっていて、気持ちよさそうでしたが、お湯の温度が熱すぎて、私には無理でした。一方、薬草湯の浴槽は小さめでしたが、ぬるいお湯だったのでゆっくりつかることができました。こうして身体をあたためた後、カフェコーナーで柚子茶をいただきながら雑誌を読み、しばらくのんびりしました。ここだったら体調が悪くなくても来てもいいなと思いました。もちろん、うちのお風呂に薬草を入れてつかるということもできるのですが・・・
日常生活でも、身体を動かしてあたためようと思い、この時期はよくウォーキングに出かけました。首、手首、足首を冷やさないように、マフラー、手袋、レッグウォーマー、毛糸の帽子、フリースで武装し、あちらこちらを歩き回りました。
出かけるとき、そして歩いている途中に様々なものと出会いました。私のすまいは10世帯のみの小さい集合住宅ですが、エントランスを出ると、鉢植えの植物に出会います。まずはこの植物にあいさつをするのが私の日課です。比較的大きめの植物はミニバラです。寒い時期なのに1,2輪花が咲いていることもありました。暖かくなってから、かなりの花が咲きましたが、花びらの縁が黒ずみ、花がうなだれて、葉や茎もところどころ枯れています。なにかの病気かもしれません。自分の体調不良のこともあり、ミニバラも病気ではないかと心配になりました。
最近、このミニバラの横に小さいオリーブの木が植えられました。最初は薄いオリーブ色の葉だったのですが、だんだん濃い色になり、黄緑色の新芽も出てきました。最近は小さい白い蕾もつけています。このまま順調に成長してほしいなと願っています。
少し歩くと、ブチ猫に出会いました。ブチ猫がニャアニャア言いながら歩いていたので、私もミャーミャーと言ってみたら、近づいて来て、私の足に体をこすりつけてから、またニャアニャア言いながら反対方向に歩いていきました。あれは猫のあいさつだったのでしょうか。たとえば 「こんにちニャ。今日はいいお天気だから昼寝の場所に困らないニャア。これから日の当たるところへ行くニャア」とか。外で昼寝ができる猫がうらやましいです。
銀行の前の花壇にはパンジーの軍団が並んでいてにぎやかです。黄色、オレンジ、紫、青など、色も大きさも様々で、前を通るたびに「なあ、うちらを見て!見て!見て!」と目を見開いて叫んでいるようです。人面草とも呼ばれるだけあって、多数の顔が迫ってきます。その圧に負けて、しばし立ち止まって、「いつも見てるから、がんばって咲いててね」とささやきます。
そんなふうにだらだら過ごしていたら、今度はPCが体調不良に陥りました。突然ブラックアウトして起動しなくなったのです。治療の方法がわからず、PCの病院へ連れて行きました。
人間と同じで、最初にPCの問診票記入が必要でした。PCのメーカー、機種番号、製造番号、どんな不調が起こったか、いつ起こったかなど、人間の病院の問診票と同じような事項を記入しました。そのあと、PCの検査が始まります。検査中にPCのお医者さんがしていることが私にはあまりよくわかりませんでしたが、ブラックアウト状態だったPCがブルースクリーンになって、いろいろな表示やチェック項目が出てきました。
検査の結果は私の身体と同じで、本体には何の問題もないとのことでした。ただ、WINDOWSが一部破損していて、起動しなくなったのだそうです。その原因ははっきりとはわからないけれど、私の使っているウィルスバスターの機能が強力すぎて、WINDOWSのupdateを攻撃と受け止めて、それを阻止しようとしたためにupdateがうまくいかなかったのかもしれないとPCのお医者さんに言われました。
回復の過程は私には難しすぎるやり方でしたが、最終的に48桁のBitLocker回復キーを入力して治療は終了しました。ただ、この回復キーを入手するのに、携帯でMicrosoftのアカウントにログインしなければならず、普段使っていないアカウントのIDとパスワードを見つけるのに時間がかかりました。結局PCは買い替えする必要もなく、なんとか動くようになり、PCの病院には感謝しています。PCのお医者さんに「今度同じ症状が出たら自分で対応できるように」と、いろいろ説明してもらったのに、半分も把握できていなくて、たぶん、またこの病院のお世話になることになりそうです。
PCの不調は自分の体調不良と同じぐらい不安なできごとでしたが、PCのお医者さんと歴代のWINDOWSのバージョンの話に花が咲きました。私が使い始めたのはWINDOWS95からで、それ以前のOSについては知らなかったのですが、1985年に最初のWINDOWSが出て、それがどんどん進化し、画期的なWin95が出たときは、購入のために長蛇の列ができるほどの人気だったそうです。その後、2000年代にはME、XPと変遷し、不評だったVistaのあと、2009年にWin7、2012年にWin8、2015年にWin10、そして2021年にWin11とバージョンアップしました。
私も1995年から現在に至る30年ほどの間、PCを何度も買い替えましたし、OSも変えましたが、慣れるたびに次世代のOSを使えと迫るマイクロソフトにはうんざりしました。
しかし、古いPCとOSに困ったこともあります。ここで、昔の思い出話をします。20年以上前にとある中東の国に住んでいたことがあります。その職場のデスクトップPCが古く、OSもWin95で動作が非常に遅かったので、苦労しました。しかも、ほとんどの現地スタッフにPCスキルがない状況でした。私は新しいPCを購入して自宅で使い、自宅でも仕事をしていましたが、そのことは職場には内緒にしていました。ぶっそうなことを言いますが、取り上げられてしまう(盗まれてしまう)可能性があったからです。
当時、職場に常駐している日本人は私一人でした。パワハラが日常茶飯事の職場でしたから、様々な面で用心しなければならず、パワハラ上司だけでなく、周りは敵かスパイばかりという感じで、心穏やかではありませんでした。その職場で最初に驚いたのは、トップが元銀行頭取、元政治家という権力者で、直属のマネージャーがその愛人女性であるということでした。この二人が職場に君臨し、気に入らないとすぐ職員をクビにするという状況で、現地の職員はいつもびくびく、ぺこぺこしていました。日本から来た私は奴隷ぐらいにしか見られていなかったのでしょう。少し意見を言うだけで激怒されましたし、「大使館におまえなんか日本に送還しろと言ってやる」というようなことを何度も言われました。でも、大使館が私を送還しないことはわかっていましたから、聞き流していました。また、トップの二人が、私の言動について報告するようにと現地の職員に命じていたことも知っています。
そうこうするうちに、話を聞いてくれる現地の友人が何人かでき、外ではとてもリラックスして過ごせるようになりました。また、職場でも上司や同僚を懐柔しつつ身を守るという術を身につけ、そんな上司でも納得してくれるだろうと仕事の成果で勝負したので、いろいろありましたが、無事に4年の任務を終えることができました。その後、風の便りに聞いたことですが、愛人はクビになり、トップも亡くなり、人事も入れ替わったようです。それでパワハラやスパイ制度がなくなり、居心地の良い職場になったかどうかは不明です。その国の政治が独裁制で汚職や不正が蔓延し、反体制派を弾圧している点は今も変わらないので、やや心配ですが、その国で経験した楽しいことも辛いことも、今となっては良い思い出となりました。そのときのことを小説にしたら面白いだろうなと思いつつ、まだ実現できていません。
今は自分の体調、PCの調子、ミニバラやオリーブの様子に気を配りつつ、無理をしないようにして、穏やかな毎日を過ごしています。
(なにば 2026年5月26日)
*本サイト掲載の記事、写真等の無断転用をお断りします。(ふるさとの良さを活かしたまちづくりを進める会)