鏡山次郎ＨＰ

ふるさとの会文章部会　なにば　編

（ふるさとの良さを活かしたまちづくりを進める会　文章部会　部員）

本願寺水道

　2024年11月に第３回目の京都モダン建築祭が開催されました。今年初めて公開された建造物の一つが本願寺水道水源地です。

蹴上船溜の近くで、普段は閉ざされ、フェンス越しに見えるのは水草に覆われたプール状の池の表面だけでした。しかし、今回はフェンスが開けられ、中に入って貯水池の様子を見ることができました。公開に当たって掃除されたようで、池はきれいになっていて、水面も水鏡と呼べる状態でした。

水源地は長さ18m、幅9m、深さ3mです。琵琶湖疏水の水をここに貯め、4.6kmに渡る地中埋設管で東本願寺の境内まで水を通していたのです。埋設管はフランス製の鋳鉄管でした。

禁門の変（1864）のときに「どんどん焼け」と呼ばれた大火災により、京都の街中が炎に包まれ、多くの家々や寺社が焼失しました。西本願寺は火災を免れることができましたが、東本願寺は焼けてしまいます。この火災による被害が当時の京都の衰退の原因のひとつにもなりました。

東本願寺は再建された後、防火対策が必須だと考え、1890年に執事の渥美契縁（あつみかいえん）が田邊朔郎に本願寺水道の建設についての事前調査を依頼します。

1894年、最初に行われたのが水源地を造る工事でした。水源地の主たる部分は御影石で築造されましたが、水漏れを防がなければなりません。そこで、隙間を埋めるために底と周囲の石垣の裏にセメントコンクリートが使われました。そして、水源地と琵琶湖疏水はトンネルでつながれました。水源地と東本願寺の高低差は48mで、本願寺水道は動力を使わずに水が流れる構造になっています。境内に流れた水は御影堂の屋根より9m高い位置まで吹き上がる仕組みでした。

市街地での配管工事は1895年の1月から3月まで行われました。これが第一期工事となります。埋設管の経路は蹴上から三条通を西へ、白川に沿って南に、さらに円山公園・八坂神社の正面を四条通沿いに西へ、大和大路を南に進みます。そのあと屈曲しながら南に進み、五条通を西へ、河原町通を南へ、さらに、渉成園の北側の上数珠屋町通（かみじゅずやちょうどおり）を西に進んで東本願寺に達しました。

なお、田邊朔郎は東京帝国大学の教授に就任し、その後、義父の北垣国道の要請で北海道鉄道敷設工事にも関わり、京都を離れていましたが、本願寺水道の現場監督である竹内忠三（たけうちちゅうぞう）に丁寧な指示とアドバイスを与えていたとのことです。

第二期工事は境内周辺部の敷設工事で、1895年から1897年にかけて行われました。境内には27ヶ所の消火栓と8ヶ所のバルブが設置されました。1897年には噴水防火試験が実施されます。その時の写真には傘をさした見物人やホースを構える消防夫などが写っています。本願寺水道の水は境内の滝や堀や渉成園にも引水され、景観のためにも貢献していました。余談ですが、白川郷の放水銃は本願寺水道のシステムを参考にして設置されたとのことです。
本願寺水道の水が実際の消火に使われたのは1950年11月18日の京都駅の駅舎の火災のときのみでした。京都市の資料によると、初代の駅舎は1887年に建てられ、1914年に改築されました。２代目の駅舎は貴賓室まで備えた立派な建物だったようですが、その駅舎が全焼してしまったのです。前日の夜駅舎内の食堂（都ホテル経営）の従業員が更衣室でアイロンを使った後、電源を切らずに通電したまま放置したことが出火原因だったとのことです。火災の発見者が消火しようとしましたが、消火栓のホースが建物に届かず、水も出なかったので、宿直職員がバケツに水を汲んで対応しました。しかし、火の勢いが強く、その試みは失敗に終わりました。

駅舎火災の際、消防局が東本願寺の堀に消火ホースを引き込んで水を調達しましたが、その努力の甲斐もなく駅舎は焼け落ちてしまいます。不幸中の幸いは金庫の中のお金が無事だったことです。出札室の金庫の扉は火災から5日後に開けられました。そして、中に入っていた250万円が無事であることが確認されました。

火災直後の駅は大騒動となり、多くの乗客のために300人ぐらいの警官が交通整理に当たったとのことです。

この火災後、東本願寺は寺の境内だけでなく周辺施設の防火のために堀の水を使用するという契約を京都市消防局と正式に取り交わしました。

時が流れ、東本願寺には新しい防火設備が取り付けられ、1979年に本願寺水道は防火水道としての役割を終えます。その後は堀や渉成園の池に本願寺水道の水が使われましたが、老朽化が著しく、配管の腐食が進み、漏水が起きていて、2008年に停水となりました。管の中には貝類も生息しているそうです。堀は現在は地下水を使用していますが、かつて琵琶湖疏水とつながっていた名残で琵琶湖に生息する外来種の魚が今でも見られるそうです。

現在は「本願寺水道と環境を考える市民プロジェクト」でときどき「本願寺水道を歩こう」というイベントが行われています。一番長い距離を歩く場合は、蹴上の本願寺水道水源池を出発点とし、三条通-円山公園・八坂神社-建仁寺（マンホールあり）-五条大橋（橋の裏側の鋳鉄管が見られる）-渉成園-東本願寺という行程です。機会があったら、私も参加してみたいです。

この市民グループは渉成園の自然観察会や本願寺水道に関する講演会なども開催しているようです。活動するみなさんの目標は本願寺水道の歴史を後世に伝えることだけでなく、本願寺水道の価値を再評価することでもあります。本願寺水道は非常時には動力に依存せずに使える防火システムであり、通常時には堀や渉成園の美しい景観を守るための貯水が可能です。昔のエコシステムを現代に伝えるため、本願寺水道を補修し、新しい形で復活させたいという希望を持つ人も多いそうです。

東本願寺は京都モダン建築祭に協力的で、地下に埋め込まれた視聴覚ホールやアールデコのデザインが美しい重信会館なども公開しました。西本願寺も同様で、伊東忠太設計の本願寺伝道院、顕道会館、龍谷大学大宮学舎を公開しました。明治以降、お寺も積極的にモダン建築を採用したことがわかります。今後も公に開かれた先進的なお寺であってほしいと願っています。

（なにば　２０２４年１２月２４日）

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