ふるさとの会文章部会　なにば　編

（ふるさとの良さを活かしたまちづくりを進める会　文章部会　部員）

矯正展、そして刑務所

　10月に京都刑務所で開催された矯正展に行きました。刑務所の作業製品販売だけでなく、キッチンカーも出て、かなりのにぎわいでした。日本全国の刑務所の作業所で作られた木工製品、布製品、革製品、紙製品が並んでいます。どれも丁寧に作られていて良質です。中でも円の中に「獄」と書かれたロゴが人目を引く函館少年刑務所製品は人気のブランドです。ブランド名は「まるごく」です。私も「まるごく」のスマホケース、新書用ブックカバー、文庫本用ブックカバーを購入しました。現在はインターネット販売もしているそうです。最近は函館だけでなく、他の刑務所でも「まるごく」ブランドの製品を作っているとのこと。「よく売れて評判がいい」という話は作業する受刑者の励みにもなるそうです。

受刑者は土日祝以外は毎日作業場に出て夕方まで働きますから、勤め人とルーティーンが同じです。ただ、作業中他の受刑者と作業以外のことについて話すのは禁止されていますし、作業後は家に帰るのではなく共同室（雑居房）に戻るという点が異なります。非常に不規則な生活をしてきた受刑者は刑務所で規則正しい生活を余儀なくされ、また、質素ながら管理栄養士が考案した食事をとるため、健康的な身体を取り戻していくそうです。ちなみに、刑務所の麦飯というのは白米７、麦３の割合で炊くごはんのことです。一般的な朝食はごはんとみそ汁、納豆と簡単なお惣菜、昼食・夕食は日によってメニューが変わりますが、食事を作るのは受刑者です。調理も刑務作業の一環で、比較的素行が良い人（「エリート」と呼ばれる）が担当に選ばれます。調理経験がない人も多いのですが、担当が「準備係」「下処理係」「揚げ物係」などと細分化されるため、最終的には調理の仕方を覚えていくとのことです。『めざせ！ムショラン三ツ星』（黒栁桂子　くろやなぎけいこ　刑務所で調理指導をする管理栄養士）には、受刑者が「ミョウガはどこまでむくのか」と聞いたとか、片栗粉を使ったら煮汁がわらびもちのようになったとか、バナナの皮からタバコもどきを作る人がいるのでバナナは出さないとか、面白いエピソードがたくさん出てきます。

街中には「スイーツ」の店があふれていますが、刑務所では特別な機会にしか甘いものが出ません。刑務所内の俗語で「アマシャリ」と呼ばれていますが、主食がパンの日にお汁粉、ぜんざいなどの甘いものが添えられるとのこと。また、祝日にはかりんとうや板チョコなどのお菓子が配られるそうです。たまにしか出ない甘いものが受刑者にとっては至上の喜びとなっているようです。

矯正展に伴って、京都刑務所特別公開があり、刑務官の案内で作業場と浴室を見学できました。作業場はきれいに整っていて、木工細工に使う木のキットが並んでいました。受刑者は１日の大半をここで過ごします。大型扇風機がたくさん置いてありましたが、猛暑の中で扇風機だけで長時間労働をするのは大変だろうなと思いました。

浴場は銭湯と似た感じですが、華やかな壁画はなく、やや殺風景な感じです。入浴時間は15分なので、ゆっくり湯船につかる時間はなさそうです。また、週３回しか入れません。

中は見せてもらえませんでしたが、医療施設もあります。最近は塀の中に高齢者が多いとのことで、介護が必要になったり、認知症になったりする場合もあるそうです。犯罪白書を見ると、令和4年度の65歳以上の高齢者は全受刑者のうち14％でした。刑務所が介護施設になりそうで、刑務官の負担も増えているということが問題になっています。

矯正展は土・日開催で、作業もお休みの期間です。入場者は受刑者の姿をいっさい見ることがありません。受刑者はどんなふうに休日を過ごしているのでしょうか。テレビ視聴ができる時間帯があるので、テレビを見る人もいます。手紙を書く人もいます。昼寝もできますが、多くの人が読書に専念します。人が本を読まなくなり、街の本屋が減少していく中、刑務所内では読書が人気なのです。

先日参加した読書会で『プリズン・ブック・クラブ』（the Prison Book Club）という本を紹介してもらいました。カナダの刑務所で定期的に開催されている読書会の記録です。読書会に出席するのは一部の受刑者だけですが、重い罪で服役している荒っぽい受刑者がスタインベックの『怒りの葡萄』、マーガレット・アトウッドの『またの名をグレイス』など、重厚な文学作品を読みこんでいることに驚きました。刑務所では外の誘惑がないので、読書に没頭できる環境なのだとわかります。読書は、なによりも自分を見つめなおす機会にもなります。

日本の刑務所で読書会をやっているかどうかは知りませんが、2008年に開設された「島根あさひ社会復帰促進センター」では独特の更生プログラムが実施されています。「島根あさひ」は懲罰的要素が強い刑務所生活ではなく社会復帰を目的とした刑務所が必要という考えに基づいて、官民が協力して運営する施設です。坂上香（ドキュメンタリー映画監督）がここで撮影した映画『プリズン・サークル』（2019）は文化庁映画賞を受賞しました。残念ながら、私はまだ見ていませんが、書物になった『プリズン・サークル』を読みました。「サークル」というのは円になって座ることを示しています。ここでは「受刑者」ではなくて「訓練生」と呼ばれている人々が更生プログラムの中で週三回の授業を受け、授業の終りに椅子を円状に並べて、語り合う時間が設けられています。やはり語リ合うということがコミュニケーションの基本ですし、人に自分のことを話すことによって感情を取り戻したり、癒されたりします。他者に心を開き、自分の犯した犯罪について語ることも大切なのです。自分を客観的に見て、育った背景、家庭環境、犯罪に至った経緯を振り返ると、そこに気づきが生まれたり、後悔や反省の気持ちが高まったりします。サークルになって聞いている人たちもみな罪を犯した経験がありますし、生育環境が似ている場合もありますし、当事者同士ならお互いに理解しやすく、心を開きやすい状況になります。

では、刑務所に入るのはどのような人でしょうか。一般には犯罪者は全員刑務所に収容されると思われているようですが、実際にはそうではありません。毎年200万件以上の事件がありますが、起訴されるのは十数万件で、そのうち、実刑判決を受けて刑務所に入所するのは年に3万人程度。つまり、罪を犯した人のうち98％の人は刑務所に入れないのです。どうやら刑務所は重大な犯罪者だけが入る狭き門のようです。刑務所は閉じ込めることで罰を与えるという意味合いもありますが、基本的には受刑者の更生と社会復帰をめざす場所です。犯罪者でも職業を持っている人なら、外で働き続けてもらった方が社会のためになります。重大な犯罪でなければ、刑務所に入れるのは人材を無駄にするということにもなります。社会では周囲の冷たい視線もあり、それが一種の懲罰に当たるかもしれませんが、それに耐えつつ、更生プログラムを受けて、仕事を続けたほうが社会の利益になるという考え方があるのでしょう。

一般社会では「犯罪者＝モンスター」という見方が中心で、特に殺人などに至る罪を犯した人に対しては被害者目線で懲罰意識も強くなりがちです。しかし、生まれながらのサイコパスは別として、罪を犯してしまう背景にはその人が背負う過酷な人生があります。社会に居場所がなく出所後も犯罪を繰り返して刑務所に戻る人もいて、刑務所が居場所の役割を果たしているケースも見受けられます。

学歴格差も歴然としていて、2020年のデータですが、男性受刑者の場合、大卒は6％、高卒は34％、中卒が60%となっています。このことからも何かが読み取れるのではないかと思えます。最近は簡単に闇バイトの世界に入ってしまう無防備な若者がいることが判明しましたが、一番大切なのは嘘と真実、善と悪を見分ける判断力、自分で考える力、他者の思いを理解する力ではないでしょうか。そのような力を育てるのはやはり教育です。また、学校や家庭が心安らぐ場でない人のために、安心して他者とコミュニケーションができ、何かを学ぶことができる環境（居場所）も必要だと思います。

矯正展に行き、刑務所内を見学したことがきっかけとなり、刑務所や受刑者について描かれた本を読むようになり、読みきれないほどたくさんの関連図書があることに気づきました。塀の外の様々な人々が塀の中を訪問していることも知りました。ドキュメンタリー作家や研究者として刑務所の実情や受刑者の背景を調査している人、受刑者を精神面でサポートしている人、受刑者に食事の作り方を指導している人、慰問に訪れる芸能関係者、刑務所の中の医療施設で受刑者の治療をする人など、刑務官だけでなく多くの人々が活動していることに驚きました。そういう方々には頭が下がる思いです。

（なにば　２０２４年１１月２６日）

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