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ふるさとの会文章部会 鏡山次郎 編
（ふるさとの良さを活かしたまちづくりを進める会 文章部会 部員）
神輿舁（か）きが復興した岩屋神社の春祭（2025.4.29鏡山次郎撮影）
神輿舁（か）き復興
今年を飾る１枚の写真と言って良いかも知れない。神輿舁（か）きが復興した岩屋神社の春祭の情景である。
ふるさとの会は、正式名称を「ふるさとの良さを活かしたまちづくりを進める会」と称している。これは、地元の「良さ」、「魅力」と言っても良いかも知れないが、そうしたものを区民に紹介し、歴史や伝統を活かして、「まちづくり」を進めていこうということを目的としている。
近年、日本では近隣住民とのつながりが薄くなり、地域の防災や福祉や伝承などを支える「地域力」に陰りが見られると言われ、自治会や町内会への加入も減るなど、山科もまた例外ではなく、深刻な問題にすらなってきている。
こうした中、私たちの会は発足以来から、地域を支える伝統的な力として「地蔵盆」や「地域の祭」「伝統行事」に注目してきた。こうした行事を通して、人々が集い、力を合わせて地域を盛り上げているからだ。「地域力の根の部分」と言ってもいい。
そうした中、「山科祭」については、私の小さい頃、かつてはどこの神社でも神輿を舁いて氏子圏内を巡行（巡幸・神幸）してきたものだったが、近年は「舁き手がいない」と、トラックや台車に載せて運行されることが常態化していた。しかし、トラックの運行だけでは、「祭りの醍醐味」は伝わらないし、住民の意気はあがらない。衰退化や簡略化に拍車がかかっていたといえる。
私が幼い頃、父は地元の六所神社（北花山）の秋祭の責任者をしていたことがあった。ちょうど、山科では人口が増え出した頃で、地域の中でも新しい家が建ち、新しい住民が増えていた頃である。この頃、北花山では「神輿舁きは伝統的な行事だから、昔から地域に住んでいた者だけで行い、新参者は入れない」という主張が大勢を占めていたという。しかし父は「それではいずれ神輿は舁けなくなる。神輿は住民のためにある」と、新しい住民にも参加してもらうことを望み、氏子会を立ち上げ、自ら氏子会長となって、新しい住民にも加入してもらうことを呼びかけ、新旧の多くの住民で神輿を舁くようにと働きかけてきた。その結果、山科の各地の神社がトラックや台車による「神輿巡行」となる中、唯一、北花山の六所神社だけが、一貫して「舁き手による神輿巡行」を続けてきたのである。
「神輿を舁く」のは若い人たちである。その若い人たちが「神輿を舁く」ことを通して、地域行事に関わってきていただいている。一時は「舁き手が集まらないから、巡行ができないので車に乗せよう」と言われる時期もあったらしいが、「神輿は出さなければならない。だからそのためにどうしても舁き手を確保しよう」ということで、みんなでがんばってきたという。そうした努力の結果が引き継がれ、今日の北花山での神輿巡行や、隣の三之宮神輿との盛大な「舁き挙げ」のイベントにもつながっていると感じている。
北花山の六所神社がこうして神輿を舁き続けてきたことに加え、２１世紀に入って、三之宮も、諸羽神社も、神輿を舁くようになってきた。また山科神社や岩屋神社も、六所神社から人を招いて、縄の結び方、長柄の付け方などを学び、練習するようになってきた。
岩屋神社では、創祀１１２０年式年大祭祈念事業」として、約２４０年ぶりに３基の神輿の修復が行われた。千木神輿は２００８年に修理に出され２００９年に完成、鵜ノ鳥神輿は２０１０年、蕪神輿は２０１１年に修復が完成している。総費用はおよそ４５００万円である。そして、平成２５年（２０１３）の「創祀１１２０年祭」式年大祭では、新しく生まれ変わった３基の神輿が披露された。
そうした中、若い人たちの中から「神輿を舁きたい」という声が挙がってきた。岩屋神社では昭和２６年（１９５１）までは神輿は舁いて巡行されていたが、昭和２７年（１９５２）から昭和３１年（１９５６）までは「台車」に乗せて巡行され、昭和３２年（１９５７）からは、トラックなど車に乗せて巡行されてきた。
はじめは夢や希望の「舁きたい」であったが、その声はだんだんと大きくなり、ついに平成３０年（２０１８）４月１０日、神輿舁きを目的とした「磐船会」（いわふねかい）が結成された。「磐船会」の名称は、岩屋神社の祭神の一柱である饒速日命(にぎはやひのみこと)の故事にちなんで名付けられたものである。『日本書紀』の「神武天皇即位前記」に、神武天皇東征に先立ち、饒速日命が天磐船に乗って天降ったとの記述があり、岩屋神社の祭神の乗り物である神輿と重ね合わせた。また、「磐（岩）」は「常磐(ときわ)」「堅磐(かきわ)」などの常套句があるように「永遠」の象徴であり、固い結束の象徴でもある。「船（舟）」は神の乗り物である上に、次世代への橋渡し的な意味づけもある。こうした趣旨から会の名前が決定された。会則には「本会は、岩屋神社の祭礼に参画し、神輿渡御(神興舁き)を通して神社及び氏子地域の活性化を図り、会員相互の親睦を図ると共に、次世代へ伝統文化を継承していく事を目的とする」と記されている。
会員は毎月１回、第４日曜日の午前に神社に集合し、練習や作業日とした。６８年間にわたって使われてこなかった長(なが)柄(え)を引き出し、さびた長柄の金具を磨き、修復することからはじめ、神輿の金具の磨き方や付け方を学び、「神輿舁き」の練習を積み上げてきた。むろん最初から神輿は舁けないので、同じ重さの石や土を乗せて舁いて練習した。そして「いよいよ実地で練習」の所まで行った時、しかし思いもかけず「コロナ禍」に見舞われ、長い間にわたり準備や練習の中断を余儀なくされてきた。舁くこともできず、ただ長柄や金具を磨くだけの日々も続いた。しかし参加した誰もが黙々と仕事に、また熱心に取り組んでいる。「若い人たちの、こうした経験を経た上での、神輿舁きは、ただ目立つ所だけの“かっこよさ”では無い、素晴らしい値打ちがある」そう思った。
そして、令和５年（２０２３）から本格的に準備や練習を再開、令和６年（２０２４）４月の春祭では、神輿に長柄をつけずに神社の周囲を巡るわずかな距離だけであったが、ともかくも神輿が舁かれて神社の境内を出て、巡行されることとなった。
神輿を舁くためには、多くの人が参加しなければならないが、その盛り上がりに「祭り」本来の醍醐味がある。そして、その中で新旧住民の融合があり、若者たちの地域行事への参加が促される。「舁く」ことによって担い手が増えていく。この住民パワーはまた、地域の「まちづくり」にも大きな影響を持っている。
さらに令和７年（２０２５）４月の春祭では、今度は長柄を付けて、大宅の「早稲ノ内公園」から「京まち薬局前交差点」「一本道ローソン前交差点」「椥辻交番」を経て「パデシオン山科椥辻前」までの往復１ｋｍ超を、午後１時４５分から３時３５分までの、約２時間をかけて巡行したのである。「立派な巡行」であった。
使われていたこの長柄は、文久３年（１８６３）に新調されたもので、この頃、日本は江戸時代の幕末期にあたり、文久元年から３年にかけて国内で「コレラ」病が大流行した時期でもあった。とりわけ、文久２年はそのピークとなり、文久３年には衰退に向かっていったらしい。文久元年（１８６１）から流行し始めてきた「コレラ」病に対して、その悪病退散・平癒を願って文久２年２月に氏子全域から「狛犬」が奉納されている。そして「コレラ」病のまん延が衰退に向かった文久３年９月に、長柄の金具や鳴鐶(なりかん)を新調して、その年の秋祭（山科祭・旧暦９月９日）を盛大に祝った時のものである。ある意味、神社や神輿の歴史は、社会の動向や氏子地域の願いに大きく関わり、共に歩んできた歴史でもある。
神輿の修復開始から、苦節１８年。「神輿舁きの復興」は「成った」と言って良いだろう。山科最大の神社である岩屋神社が、神輿舁きを復興させたという影響は大きいはずだ。京都市内では祭りを止めたり、神輿を舁かなかったりする流れが強まっている中で、この「復活」は、貴重なものだ。
長く神社や祭りに関わってこられた古老の総代さんたちは、涙を流して神輿に付いて歩いておられる。「期待しつつも、ここまでできるとは・・・」との感慨を話されている間にも、こみ上げてくるものがあり顔がゆがむ。この方は９０歳を超えておられる。２年前に、ある会合でお会いした時に「私が一番願いたいことは、神輿を舁いて欲しいんです。この歳になってきて、神輿を舁いている姿というのを、ぜひ見たいのです。練習をしておられる姿を見るだけでも涙が出てきます。今やっと舁いてもらえそうやなと思った矢先のコロナでしたので、ものすごく残念で、こればかりは取り返しがつきませんけれども、願わくば「神輿巡行」をお願いしたいと思っております。長年お世話になって、参加させていただいて見ておりますと、決して、これ以上何がということは無いんですけれども、何度も同じ事を申し上げて、申し訳ないのですが、神輿の巡行をよろしくお願いしたいと思っております。」と述べておられた方である。
奇しくも写真にある「神輿の舁き挙げ」を行っている場所は、大宅桟敷と大宅沢町との境界点で、平安時代末期に後白河上皇の「山科御所」があった場所である。「桟敷」は、山科御所の中で、一段高く床を張って造られた上皇の観覧席のあった場所で、「沢」は、大きな庭園の池があった場所である。
１０００年近い時を超えて、後白河上皇や愛姫の平清盛の娘滋子もまた、この「神輿の舁き挙げ」を見てくれていたのかも知れないと思った。
（鏡山次郎 ２０２５年５月２７日
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