ふるさとの会文章部会　鏡山次郎　編

（ふるさとの良さを活かしたまちづくりを進める会　文章部会　部員）

「山科義士まつり」（２０２４年１２月１４日撮影）

新説　忠臣蔵　－その１８－

　今から１００年ほど前の人々の「娯楽」には、変化が起こっている。

　「一般大人ノ娯楽ニハ昔ハ浄瑠璃、芝居、能狂言、相撲等盛ニ行ハレ、農閉ノ時期ニハ殆（ほとんど）之（これ）ニ没頭セル様ナリキ。然ルニ今日ハ浄瑠璃、相撲等ノ尚（なお）行ハルルコトアルモ、昔日ノ盛況ニ至ラズ」（『昭和３年度菟　郷土誌資料　勧修小學校』）と記されているように、昭和に入って、人々の娯楽の中心はそれまでの「浄瑠璃、芝居」から「映画」や、ラジオの「ドラマ」へと移行する。すると赤穂義士らの「生きざま」が、戦前の日本国家が推奨するところの「忠義」や「忠誠心」を高揚させるための格好の手本となり、「映画」やラジオ「ドラマ」により忠臣蔵人気はより一層の高まりを見せ、戦前・戦中の軍国主義を“扇動”する役割を果たすようにもなる。

　まず大正１０年（１９２１）には牧野省三監督によるサイレント映画『実録忠臣蔵』が上映され、昭和３年（１９２８）同監督の『忠魂義烈実録忠臣蔵』、昭和５年（１９３０）には大河内傳次郎主演の『元禄快挙大忠臣蔵天変の巻・地動の巻』、昭和７年（１９３２）松竹製作の『忠臣蔵』、昭和９年（１９３４）伊丹万作原作・伊藤大輔監督による『忠臣蔵刃傷篇復讐篇』、昭和１３年（１９３８）日活製作の『忠臣蔵天の巻・地の巻』などが上映されそれぞれ好評を博した。また映画ではないが『元禄忠臣蔵』は、赤穂事件を題材にした真山青果作の一連の新歌舞伎の演目で、昭和９年（１９３４）『大石最後の一日』から、昭和１６年（１９４１）『泉岳寺の一日』まで、７年間で計１０編１１作が次々に制作・上演、大好評を得た。

　ところが敗戦後は一変し、「“忠臣蔵”は軍国主義を煽った」として、ＧＨＱ（連合国軍最高司令官総司令部）によって規制されていくことになる。昭和２０年（１９４５）９月２２日、ＧＨＱは「日本の民主化推進と、軍国主義の払拭（ふっしょく）」という理由から、「封建的忠誠や復讐の心情に立脚する演目」「身分社会を肯定する演目」などの芝居や映画の上演を禁止した。これは通称「チャンバラ禁止令」と呼ばれ、忠臣蔵もその対象となり、関連する全ての興行が一時期“自粛”を余儀なくされた。この規制は、昭和２６年（１９５１）９月のサンフランシスコ講和条約で、日本が独立を回復するまで続いたのである。

　ただこの時期、一度だけ例外があったようで、マッカーサーの副官バワーズの進言で制限が解除され、昭和２２年（１９４７）１１月に、東京劇場で東西役者総出演による歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』の通し興行が行われている。これにはＧＨＱ内部でも「古典的な演目の制限」の範囲を巡って議論があったとも言われており、“忠臣蔵”を「国家による利用」から切り離して、「日本の伝統文化の一つ」として捉え、容認しようとする動きもあったのである。

　終戦から６年後の昭和２６年（１９５１）のサンフランシスコ講和条約を経て、日本が独立を回復すると、その規制は解かれた。そしてその後、「映画」の隆盛と共に、“忠臣蔵”人気は再燃していく。

　まず昭和２７年（１９５２）には東映製作、片岡千恵蔵主演の『赤穂城』『續赤穂城』が上映される。続いて、昭和２８年（１９５３）これも片岡千恵蔵主演の『女間者秘聞赤穂浪士』、昭和２９年（１９５４）には松竹制作・『忠臣蔵花の巻・雪の巻』が上演。これは、それまでＧＨＱによって規制されていた「忠臣蔵」のタイトルが、戦後初めて使われた映画であった。

　昭和３２年（１９５７）松竹製作の『大忠臣蔵』、昭和３３年（１９５８）には大映創立１８年を記念して製作され大映の俳優が総出演した作品『忠臣蔵』が上映、昭和３４年（１９５９）東映製作の『忠臣蔵櫻花の巻・菊花の巻』、昭和３６年（１９６１）東映製作・片岡千恵蔵主演の『赤穂浪士』、昭和３７年（１９６２）東宝製作・八代目松本幸四郎主演の『忠臣蔵花の巻・雪の巻』と続いて行く。この『忠臣蔵花の巻・雪の巻』は、昭和２９年（１９５４）に松竹制作により上演されたものの類似であるが、大人気のため東宝に社を移して、再び制作された。

　さらに昭和３４年（１９５９）の「皇太子・皇太子妃御成婚」から昭和３９年（１９６４）の東京オリンピックにかけて、家庭では急速にテレビが普及し、それに呼応してテレビ業界も“忠臣蔵”人気を後押しするかのように忠臣蔵を扱った作品を数多く手掛け、視聴者に人気を博す相乗効果で、テレビはますます普及していった。

　『赤穂浪士』は、昭和３９年（１９６４）の１月５日から１２月２７日までＮＨＫで放送された大河ドラマで、原作は大佛次郎の大作『赤穂浪士』である。主役の大石内蔵助に大映の看板俳優長谷川一夫を担ぎ出し、歌舞伎界や新劇界の大物、歌謡界の人気アイドルまでも起用し、豪華キャストの競演で話題を集めた。また昭和４４年（１９６９）には『あゝ忠臣蔵』が４月５日から１２月２７日まで全３９回にわたって放映された。これは関西テレビ製作の連続時代劇テレビドラマである。さらに昭和４６年（１９７１）には、三船敏郎のテレビ初主演の『大忠臣蔵』が、１月５日から１２月２８日まで５２回にわたり、ＮＥＴテレビ（現在のテレビ朝日）系列で放映される。「忠臣蔵」は、映画やラジオだけでなく、テレビの普及にも大きな役割を果たしていたのである。

　こうした戦後の「忠臣蔵」ブームの背景にはいったい何があったのだろうか。むろん、「赤穂事件」のストーリー、「討ち入りが大成功」といった史実や、江戸から明治にかけて浄瑠璃・歌舞伎・浪曲・講談・芝居・映画・ドラマなどで“練りに練り上げられた芸術作品”としての価値に多くの国民が心を引かれたこともあるが、もう一つ私は「戦後の高度成長」が時代背景にあったと考える。つまり「忠義」「忠誠」を必要とした時代でもあったということである。

　この高度成長の時代、日本では農業に携わる人口が激減し、多くの若者や勤労市民は「会社」へと勤めることになる。その時、成長を続ける会社の経営者側は社員に対して「会社への“忠義”“忠誠”」を持って「滅私奉公で、モーレツに」働いてくれることを求めていく。江戸時代の大名と家臣の関係が、今日的に言えば、会社の経営者と社員との関係に置き換えられていく。「会社」が、その社員が帰属すべきアイデンティティの土台となる“擬家”として、その存在感を増してきていたことが大きい。これは「終身雇用」「年功序列」「温情主義や集団主義」と言われる日本型企業経営とも深く関係している。

　これは「忠臣蔵」そのものではないが、忠臣蔵と企業社会との関連を示す興味深い映画も上映されている。昭和３５年（１９６０）、東宝は森繁久彌主演の映画『サラリーマン忠臣蔵』を公開、人気を博したため、さらに翌年の昭和３６年（１９６１）には『続サラリーマン忠臣蔵』を公開した。映画の内容は、丸亀財閥の歓迎レセプション会場である「東京会館」で、浅野社長が吉良頭取を殴った事件から始まり、浅野社長はその後、接待委員を解任され、謹慎を命じられる。浅野社長の死後、彼の部下たちは復讐を誓い、吉良頭取を討つ計画を立て復讐を果たす、というものである。「忠臣蔵」を現代風にアレンジしながら、サラリーマン社会の中での人間関係や権力闘争、さらには当時の企業文化を描いているという。

　しかし、高度経済成長が終焉を迎え、日本のバブルが崩壊していく中、「忠臣蔵」は、企業論理とは別に、新たな形の役割を果たしていくことになる。（続く）

（鏡山次郎　２０２４年１２月２４日）

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