鏡山次郎ＨＰ

ふるさとの会文章部会　鏡山次郎　編

（ふるさとの良さを活かしたまちづくりを進める会　文章部会　部員）

昭和１０年（１９３５）に建立された大石神社（西野山）

新説　忠臣蔵　－その１７－

　近代に入って山科では赤穂事件や忠臣蔵に関する多くの逸話が語られるようになる。むろんそれまでにも元になる伝承はあったに違いないが、それらは庶民の中では語られても公に宣伝されるものではなかった。しかし近代に入ると「武士道の鏡」の物語として政府の推進策もあり、広く関心を高めるものになったのである。

　西野山の岩屋寺のふもとに「遺髪塚」がある。この円柱形石塔は江戸時代の『拾遺都名所図会』によれば、「大石屋敷跡」とされていたものであるが、近代に入って現在の場所に移され「遺髪塚」とされている。おそらく明治３４年（１９０１）、の「大石良雄隠棲旧跡碑」建立と同時期のことであろう。「山科神社奥之院岩屋神社に参篭して、討ち入りの大願成就を祈った」（『京都市説明板』）というのも原文は『式内山科神社御由緒略記』（１９２６～１９３０年頃）に初見する。

　先にも述べたように、明治元年（１８６８）１１月、東京に移った明治天皇は泉岳寺に勅使を派遣し、大石らを顕彰する宣旨と金幣を贈った。そして明治３３年（１９００）に赤穂に大石神社（赤穂・大石神社）を創設する認可が出て、同神社は大正元年（１９１２）に完成、大石内蔵助は「神」として鎮座し、昭和３年（１９２８）には県社に昇格した。そして、昭和８年（１９３３）、山科に大石神社（京都・大石神社）の創立が許可され、大石神社建設会などの寄付により昭和１０年（１９３５）１２月に創建した。昭和１２年（１９３７）には、やはり府社に昇格する。

　山科の大石神社は、浪曲師吉田大和之丞（２代目吉田奈良丸）の功績に負うところが大きい。赤穂義士を熱心に崇拝していた彼が、昭和初期に山科で公演したことがきっかけで、内蔵助ゆかりの地である岩屋寺の北隣りに神社を創建することを計画した。府・市など関係方面に働きかけを行った結果、府知事を会長とする「大石神社建設会」などが設立され、各界からの募金によって創建にまでこぎ着けたのである。

　２代目吉田奈良丸は明治１２年（１８７９）に奈良県で生まれ、明治２６年（１８９３）に初代吉田奈良丸の元に入門し、明治３５年（１９０２）に２代目奈良丸を襲名した。「義士伝（忠臣蔵）もの」を多く手がけるようになり、彼の十八番（おはこ）となった。明治４３年（１９１０）に発売した「赤穂義士伝」のレコードは、当時としては驚異的な２０万枚を売り上げ、大正元年（１９１２）までのわずか２年間でレコードの総売上は５０万枚に達したといわれている。昭和４年（１９２９）には弟子に「奈良丸」の名を譲り、自らは「吉田大和之丞」と名乗った。

　こうした“超”有名人の吉田奈良丸が、どうして山科に「公演」に来たのだろうか。詳細はよく解らないが、私が察するに、昭和７年（１９３２）１０月に、帝国在郷軍人会山科勧修分会により坂上田村麻呂公園に「忠魂碑」が建立されたことが関係しているのではないかと思う。満州事変をはじめとした国を挙げての戦争に際して、その犠牲者を「国家や天皇」への「忠義」として“顕彰する”ことはどうしても必要なことであった。それは、江戸時代に主君の仇を討つという形で「忠義」を尽くした赤穂義士たちの姿とも重なる。この「忠魂碑」建立を記念して勧修小学校を会場として浪曲の公演が行われたと考えられる。その際、吉田奈良丸は地元との交流から山科において大石内蔵助ら赤穂浪士を顕彰する場の必要性を痛感し、各界に強く働きかけて「大石神社建設会」を設立、大石神社建立へと先陣を切って取り組んだのだろう。

　この頃の時代背景を考えてみたい。昭和６年（１９３１）には「満州事変」が起こっている。これを契機に関東軍は満州地域を制圧した、いわゆる「十五年戦争」の始まりである。昭和７年（１９３２）５月には「５・１５事件」が起こり、犬養毅首相が暗殺され、満州事変を調査したリットン調査団が結果を国際連盟に報告。昭和８年（１９３３）には、それに反発した日本が国際連盟を脱退。昭和９年（１９３４）には「海軍軍縮条約（主要軍艦を米５・英５・日３とする条約）」を破棄している。そして昭和１０年（１９３５）には、美濃部達吉の「天皇機関説」が貴族院で攻撃され、政府は「国体明徴」の宣言を出した。もう少し続けて言うならば、翌年の昭和１１年（１９３６）には「２・２６事件」が勃発し、昭和１２年（１９３７）には「盧溝橋（ろこうきょう）事件」が起こり、日中戦争が始まっている。まさに昭和１６年（１９４１）１２月の「真珠湾攻撃」に、突き進んで行った（転がり落ちて行った？）時代であったのである。

　こうした時代背景の中で、西野山では「大石神社」が創建されることになる。場所は、（当時）京都市東山区山科西野山桜馬場町１１６番地。祭神は大石良雄で、発足時は「無格社」である。社地の付近は、元禄１４年（１７０１）６月から元禄１５年（１７０２）８月まで大石内蔵助良雄が山科に隠棲し、義挙の議をめぐらしたときに居宅を構えた地である。

「例祭日」は４月１４日で、これは「兵庫縣赤穂町鎮座ノ縣立大石神社ガ四月十四日ヲ以テ例祭日ト定メアルニ因テ此ノ日ヲ例祭日ト定メタルモノナルガ祭神御最期ノ日ハ元禄十六年二月四日ナルカ故ニ此ノ日ヲ以テ例祭日トスルコトハ一應尤ナルカ如キモ元禄十五年十二月十四日ハ吉良家討入ノ當夜ニシテ世間ニ義士會等ノ催シ多ク自然當神社ニ於遂ニ陽春四月ヲ撰シ且討入日ニ因ミテ其ノ十四日ヲ以テ例祭日ト定メタルモノナリ」（『府社以下神社明細帳下調書』１９４４年４月２０日）がその理由とされている。また「義挙記念祭」が１２月１４日で、これは「吉良家討入ハ元禄十五年十二月十五日未明ナルモ世間ニテハ十四日夜ト称シアリテ自然十四日ヲ以テ祭祀ヲ執行スルコトトセリ」という理由である。社殿は「本殿　流造（拾壱坪）、玉垣（五拾四間）、透塀（弐拾壱間半）」で、他に「義人神社　流造（零坪八五）」「拝殿（拾弐坪半）」「神饌所（参坪六合）」「手水舎（壱坪半）」「社務所（参拾五坪餘）」「鳥居（弐基）」である。境内の大きさは「弐千六百四拾八坪七合」とされている。本殿には大石良雄が祀られているが、義人神社には天野屋利兵衛の他に「吉田兼亮以下四十六士ノ霊ヲ仮ニ配祀ス」とされている（同）。

　主君の仇討ちという大願を果たした祭神に因み、現在の大石神社は「大願成就」の神徳で信仰を集めている。また境内神社である「義人社」は、赤穂義士討入りに際し、必要な武器を調達したといわれる天野屋利兵衛を祀ったもので、彼は大阪の本町橋に店をかまえ北組惣年寄の大阪の豪商であり「商売の神様」とも言われた。現在も商売繁盛の信仰があつく、「天野屋利兵衛は、男でござる」の名ゼリフは有名である。

　大石神社は、２６００余坪を有し、山科神社の北側、稲荷山の東麓に位置し、桜、モミジ等も多く、四季それぞれ美しく山上の緑と調和し、風情のある景観は、多くの人々の祈りと憩いの場となっている。大石隠棲の地にちなんだこの大石神社創建に際しては、京都府知事を会長とする大石神社建設会、山科義士会、また、当時浪曲界の重鎮であった吉田大和之丞（奈良丸）を会長とするもの等の多くの団体が組織され、全国の崇敬者などから多くの募金が寄せられた。地元の芝田喜造、武田一太郎、進藤磯治郎からも土地が寄進されている。この時期、多くの募金が寄せられた背景には昭和９年～１０年頃は、世界恐慌からいち早く抜け出した日本が「戦前で一番景気が良かった年」（半藤一利）であったことも影響している。

　近代に入り、赤穂事件（赤穂義士・忠臣蔵）は、学校教育だけでなく、歌舞伎・人形歌舞伎・浪曲・映画・ラジオなどで日本国民の「誰もが知る」話として、またその話を通じて、「忠義」（ここでは父兄・主君に対してだけでなく国家に対しも真心を尽くして仕えるという、さらに拡大された「忠義」として）これを讃え、国民を教育する役割を担っていくこととなった。

　山科では、少し前まで年配の方からこんな話を良く聞かされた。「戦時中の子ども達は毎年１回、必ず学校から３カ所、天智天皇陵、坂上田村麻呂墓、大石神社のお参りをしたものだ。」そして、こんな話も聞く。「大石神社のお参りをした後、子ども達は明智光秀胴塚へ行く。そして先生から、忠義を尽くした者は“神”として祀られるが、主君を殺した者は逆賊として首をはねられ、こんな所にうち捨てられる」と。（続く）

（鏡山次郎　２０２４年１１月２６日）

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