鏡山次郎のやましな　温故知新

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鏡山次郎　作

「この井戸の水は、誰が使ったのだろうか」と思案する････蓮如上人御指図の井【音羽川学区】

蓮如上人御指図の井

　この作品は、京都市山科区役所の公式アプリ「やましなプラス＋」のコラムに掲載された鏡山次郎の作品を、山科区役所の了解を得て掲載しているものです。

　山科には、中世に山科本願寺を建立した蓮如上人にまつわる話が多いが、これもまたその中の一つで、音羽乙出町の「蓮如上人御指図の井」という大きな井戸に関する話である。

　音羽に伝わる話。昔、東大寺の大仏建立に貢献した行基（ぎょうき）菩薩が、諸国行脚（あんぎゃ）の途中に音羽の里に立ち寄り、里の女の人に水を求めた。しかし、その女の人はお坊さんの身なりを見て、ばかにして水をさし上げなかったので、それ以後、この音羽の里では井戸水が出なくなったという。

　その後、この音羽に隠居所「南殿」を設けた蓮如上人が、地元の人からこの伝説を聞いて、弟子龍玄（りゅうげん）を伴いこの場所まで来て、自らの杖（つえ）で指図し、人々が掘ってみると、清水がこんこんと湧き出た。

　この井戸上部には次のような解説板も掲げられている。「蓮如上人御指図の井　昔より音羽の里に行基菩薩の故事あって井戸水が出ない伝説がありました。延徳元年（１４８９）蓮如上人南殿御隠居の折り、弟子龍玄をしたがえて御座され、御杖にて御指図になったので、人々不審ながら堀下げますと清水が滾々（こんこん）と湧き出し、この音羽の里唯一の用水となったといわれています。これによって偏執の人々も少くなり、里人もすべて真宗門徒になったと伝えられています。（拾塵記より）　南殿御旧跡　光照寺」。

　これが今に残る「御指図の井」で、「それ以来、現在にいたるまでいかなるひでりが続いても、この井戸の涸（か）れたことはありません。」（音羽川学区誕生十周年記念誌『音羽川』）と言われている。

　延徳元年（１９８９）、蓮如上人は法灯を子の実如(じつにょ)に譲り、本願寺の東に隠居所を設けて住まいとした。実如の住む北殿に対して「南殿」と称された。『御在世山水御亭図』（光照寺蔵）によると、南殿は二重の土塁と濠に囲まれた防御的な施設で、敷地内には園池が設けられて築山を構え、持仏堂や山水亭、台所などを備えた建物であったことがわかる。同図によれば台所の横に井戸が描かれ「御差（指）図井戸」と書かれている。

　ただ疑問なのは光照寺の絵図と南殿遺跡の発掘調査（注１）では、井戸の場所がずいぶんと違うという点である。光照寺の絵図から考えれば、この井戸の水は南殿内部で使われたと推定されるが、発掘調査の地図では、現在の井戸は外郭西の土塁（「かまえ口」と呼ばれる）辺りになり、水は地域住民も使った可能性が出てくる。それとも「御指図の井」は２つあったのだろうか？またこれだけ深い井戸を掘るには、地域住民だけでなく、山科本願寺をつくった高度な技術集団の力も大きかったのではないだろうか。

　これらの疑問の解決は、今後の調査に待たなければならないと思うが、当時の蓮如上人隠居所（南殿）地は、現在の光照寺地よりはるかに大きかったといわれ、そこには「他屋」と呼ばれる山科本願寺関係者や参詣者の宿泊所もあったという。郷土史研究の大先輩である佐貫伍一郎氏は『山科郷竹ヶ鼻村史』（ｐ１７３）の中で「乙出町川中家の前に現存する「蓮如上人御指図ノ井戸」は、これらの他屋が使ったものであろう」と推測している。


　延徳元年に７５歳で隠居した蓮如上人は、南殿の庭を眺めながら次のような歌を詠んでいる。（注２）

　コノ葉チル　庭ノ山路ヲメクルニモ　ワカ身ニニタル　老ノアハレサ

　やましなを　朝たつ空の道すから　けふにしらるる　年も暮けり

　明応８年（１４９９）３月２５日、蓮如上人は８５歳で亡くなる。『第八祖御物語』には、「二十五日、午ノ正中（正午）ニ御往生、イカニモ御シツカニ（静かに）、御ネフリ（御眠り）候コトク（如く）に御臨終候らいキ」と記されている。（鏡山次郎）


（注１）「山科本願寺南殿跡　地元向け現地説明会資料」（２０１６年５月２８日）

（注２）『実悟集』（京都市『史料京都の歴史⑪　山科区』ｐ３６６より引用）