鏡山次郎のやましな　温故知新

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鏡山次郎　作

西野地域の「町境」を歩いてみると、山科の歴史が見えてくる・･･･土塁と町域【西野学区】

山科中央郵便局北側の道を西へ（右手は様子見町、左手は阿芸沢町）

　この作品は、京都市山科区役所の公式アプリ「やましなプラス＋」のコラムに掲載された鏡山次郎の作品を、山科区役所の了解を得て掲載しているものです。

　西野地域では、中世に大きな「山科本願寺」が建立されたことはよく知られている。山科本願寺の寺域は、南北１ｋｍ、東西８００ｍに及び、主建築のある「御本寺」、坊官屋敷のある「内寺内」、門徒衆の住む「外寺内」からなり、その間に土塁と濠（ほり）をめぐらした城郭的構築であった。

　ただ山科本願寺の詳細は、近年になってから発掘調査などが行われてわかってきたことであって、戦前の『山科町誌』（１９３０年）などでは、中世に山科本願寺があったことは分かっていたけれど、その所在地は「不詳」とされ、土塁や濠などで囲まれた場所は「海老名信忠の城跡（海老名城跡）」（ｐ３２７）ではないかとも推定されていた。また、この地について江戸時代の土橋家文書（勧修寺所蔵）では「山科芝御屋舗（やしき）」などと記されているものもある。

　土塁の多くは、山科本願寺の焼亡後も約４００年間残されていたが、近代化の波を受けて、この地に大工場が建設されたり住宅地が広がったりして、次第に消滅していった。現在では何カ所かにその痕跡を見るだけとなっている。

　しかし、痕跡は土塁や濠だけではない。西野の「地名」や「町域」にも色濃く残されている。発掘調査結果から推定された土塁の地図と、西野地域の町域を示した地図とを照らし合わせてみると、面白いことがわかってくる。

　まず、第１郭（かく）（注１）の土塁で囲まれた「御本寺」地域は「山階町」「左義長町」になる。御本寺の西側は「広見町」で、土塁の上から眺めると広く見渡せるという意味だろう。そして、第２郭（かく）の土塁で囲まれた「内寺内」地域は、御本寺の北側は「阿芸沢町」、東側は「山階町」、南側は「離宮町」「左義長町」。そして「阿芸沢町」の北は土塁を経て「様子見町」で、山科中央公園に残されている土塁に登ってみると、まさにこの上から北方の渋谷街道や東海道を「様子見」していたのだな、ということがよく分かる。さらに、山階小学校の校庭内を走る第２郭の「内寺内」土塁の東側は「大手先町」。「大手先」というのは、「城の大手門の前」という意味だから、山科本願寺の玄関口と考えられる。

　つまり、西野の町境を歩いてみると、土塁があった場所をたどれるということだ。おそらく町名の多くも、この山科本願寺の成立と深い関係を持って、今日に伝承されているのだろう。

　しかし、中世と言えば、この山科でも「二毛作」が行われ始めた頃である。そんな中、どうしてこんなに広い土地が残っていたのだろうか。

　ひとつ考えられるのは、山科本願寺の場所が、もともと「作物の生育に適さない不毛の地」であったのではないだろうか、ということである。

　山科盆地は三方を山に囲まれ、北東から南西にかけて緩やかな扇状地が広がっている。この地は、その扇状地の裾野あたりに位置し、東側に音羽川（山科川）や四ノ宮川が近くを流れている。当時、川の水量は不安定で、渇水になったり大雨で土石流が流れ込んだりもしたというから、安定した作物の生育は期待できなかったのかも知れない。先の土橋家文書でも、この場所は「芝地・林地・藪地」などと記され、近世になっても「田地・畑地」にはなっていない。

　最近注目されているのは、この地が「段丘」になっているという指摘である。確かに、地質図（注２）を見ると、ちょうど山科本願寺のあった場所と重なるように、このあたりは「段丘」とされている。扇状地にできた段丘であれば、水利の面でもさらに作物の育成には不向きだったのだろう。それゆえ、広大な土地が使われずに残されていたと考えられる。

　そしてその土地を活用して建立されたのが、中世に繁栄を誇った広大な「山科本願寺」であったのだ。（鏡山次郎）


（注１）＝「郭（かく）」は城や砦などの周囲 に築いた土や石のかこいを言い、山科本願寺の場合、土塁の第１郭は「御本寺」を囲み、第２郭は「内寺内」を囲んでいる。

（注２）＝産総研地質調査総合センターの地質図（京都東南部、５万分の１）