鏡山次郎のやましな　温故知新

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鏡山次郎　作

江戸時代の、日本に誇る一大プロジェクトの痕跡・･･･車石【旧東海道筋・山科区】

民家の石垣に利用されている「車石」

　この作品は、京都市山科区役所の公式アプリ「やましなプラス＋」のコラムに掲載された鏡山次郎の作品を、山科区役所の了解を得て掲載しているものです。

　旧東海道を歩くと、道沿いには民家の石垣や庭などで、不思議な凹（へこ）みのある石がいくつか見られる。「車石（くるまいし）」と呼ばれる石である。

　車石は、主に花崗岩（かこうがん）などで、いろいろな形があるが、たて３０～４０ｃｍ、横５０～６０ｃｍ、厚さ２５ｃｍ～３０ｃｍぐらいが標準的な大きさで、車石の他に、輪形石（わがたいし）・輪石（わいし）などとも呼ばれていた。

　どうして凹みがあるのだろうか。石を並べて、凹みの部分をつないてみると、「樋（とい）」のようになる。そして、こうした樋のようものを２つ並べると、軌道・レールのようになる。

　東海道の大津～京都間では、車石が敷かれる以前から（江戸時代の初め頃から）、「人が通る道」と「牛車が通る道」とが分かれていた。「人が通る道」は「人馬道（じんばどう）」と呼ばれ、「牛車が通る道」は「車道（くるまみち）」と呼ばれていて、車道は人馬道より一段低くなっていた。車道は牛車の専用レーンである。

　この車道に敷かれるようになったのが「車石」である。なぜ車石を敷く必要があったのだろうか。昔の道は土の道で、雨の日や雨上がりなどは、地面がぬかるんで牛車は立ち往生した。とりわけ逢坂峠や日ノ岡峠などの坂道では大変だった。それで、車の車輪がぬかるみに取られないように石を敷いたと考えられている。大津から京都間の東海道、およそ１２ｋｍにわたって敷かれた、江戸時代の一大プロジェクトであった。日本の中でも、車石は、大津～京都間の東海道と、鳥羽街道、竹田街道にしかなかった。１２ｋｍにわたって車石を敷いたのは、山科を通る東海道だけである。

　もともとは、車輪が通る場所に平べったい石を敷き並べたが、その後、その上を牛車が通るうちに、自然と凹みができた。現在、残っている車石の凹みのようになるまでには、約１００年ぐらいはかかるという。

　「牛車」で運んだのは主に米である。何故「牛車」を使ったのだろうか。

　江戸時代には米は「何万石大名」などと呼ばれているように、「石（こく）」をはじめ、「斗（と）・升（しょう）・合（ごう）」などという単位があった。米俵１俵（ぴょう）は、４斗（約６０ｋｇ）である。運ぶためには、人なら１俵、馬や牛なら２～３俵という程度か。しかし牛は引く力が強いので、車に積んで引っ張らせれば９俵は運べることができ、米を積んだ牛車は、総重量が８４０ｋｇほどあった。人が接触すると非常に危険だから、人馬道と車道に分けたのである。この「車道（くるまみち）」は、現在に続く「日本の車道（しゃどう）の始まり」という説もある。

　通常、米など重い物資は「水運」が一番便利なのだが、山科には「水運」が通じていないので、「牛車」を使った。大津には、多くの蔵屋敷があり近江や東日本から「年貢米」が集まってきており、この米を大消費地である京都へと運び込んだ。山科は大津と京都を結ぶ唯一の輸送ルートであったからである。

　ただ、日ノ岡峠の坂道では、牛車でもさすがに９俵は運べないので、「小あげかせぎ」という坂仲仕（さかなかし）が、麓で待ち構えていて、牛車を６俵に減らして、峠を坂仲仕たちが１俵ずつ運んだという。

　明治になって、この米の輸送は、琵琶湖疏水ができて「水運ルート」に変わった。疏水には「十石舟」が通ったというから、一度に２５俵（１０石＝約１５００ｋｇ）の米が運べた。またその後、物流には鉄道や車が活躍する時代となった。

　昭和８年（１９３３）に、京津国道（現・三条通）の改修が行われたとき、大量の「車石」が掘り出された。歴史に大きな功績を残した「車石」は、現在は三条通の石垣などに活用されたり、記念碑や民家の庭などに飾られ、利用されている。（鏡山次郎）