【復刻】 山科町名蹟誌

（２）

鏡山次郎　著

『山科町名蹟誌』（大正１５年・１９２６年１０月）山科町役場発行

	一	山科町
	一	日岡
		日岡峠	京都ヨリノ入口ニシテ朝瞰（チョウカン）ノ風光佳絶ナレハ此称アリト逢坂街道ノ古道ナリ文禄年間（凡三百二十年前）木食上人此ノ峠ヲ鑿（ウガ）キテ行人ニ便セリ上人此ノ地ノ峰ニ梅香庵（木食寺）ヲ建テテ住スル今其庵跡ヲ留メス。
		村社　日向神社	日岡蹴上ヶ停留所ヨリ東北二町ノ山中ニアリ天御中主命天照皇太神、彦火瓊々杵尊ヲ祀ル顕宗帝ノ詔ニ依リ皇祚無窮天下泰平五穀豊穣守護ノ為メ慈ニ祭祀セラレ天智帝亦崇敬厚ク其後清和帝菅原船津ヲシテ太神宮ヲ勧請シ上ノ本宮ト称スト云フ社殿ハ伊勢ノ神宮ヲ模シ結構頗ル崇厳ヲ極ム。
		圓光大師【法然上人】旧跡	日岡停留所ヨリ一町光照寺即チ之ナリ大師源平ノ乱ヲ當寺ニ避ケ後チ自身ノ木像ヲ残シテ去ル（凡七百三十年前）ト云フ。
		亀ノ水	日岡停留所ヨリ東一丁ニ在リ木食上人ノ行場ニシテ石刻ノ亀口ヨリ清水滖々（スイスイ）トシテ湧出シ昔時旅人ノ渇ヲ醫（イヤ）セリト云フ。
	一	御陵
		天智帝陵	山科陵ト云フ御陵停留所ヨリ東北一町ヲ距ツ小字御廟野ニ在リ　文武帝三年十月御陵造営ノ際陵村々民十六家事ニ預リ竹鼻氏之レカ長者タリシト云フ竹鼻ノ称今地名ニ存セリ。
		御沓石	山陵ノ前ニ在リ長サ七尺幅三尺天智帝御沓御止メ給ヒシ石トソ。
		御車塚	山陵内東北森中ニ在リ　天智帝御葬儀ニ用ヒシ鳳輦（ホウレン）ヲ蔵シタル塚ナリト云フ。
		鏡山	天智帝御陵背後ノ連山ヲ云フ。
		鏡池	御陵停留所ヨリ東北三町妙應寺ノ東ニ在リ　天智帝宸影ヲ写シ給フ処ナリト云フ水清冷ニシテ水旱（ヒデリ）ニ増減ナシ。
		安祥寺	御陵停留所ヨリ北五町許ノ山麓ニアリ、真言宗古義派寺院ナリ、仁明帝皇后藤原順子ノ祈願ニヨリ　文徳帝勅建ノ精舎ニシテ慧運僧都ノ開基ナリ（凡千七十年前）往時ハ山科村以東ノ山野ヲ占メタリシカ慶長中東部大半ヲ割キ毘沙門堂ニ附シ漸次衰微セリ梵鐘ハ摂州安曇寺ノ旧物ヲ伝フト云フ其始メノ寺境ハ之レヨリ北十余町壇ノ谷ニアリシト云フ。
		義経血洗池及腰掛石	字御陵三条街道ノ南方藪中ニ在リ、源義経若冠ニシテ牛若ト称セシ頃奥州ニ下リシ途美濃ノ国人関原與市ノ無礼ヲ怒リ其徒十数人ヲ斬リ此処ニテ其刀ヲ洗フト云フ池ノ東方ニ石アリ牛若腰掛石ト伝フ。
	一	竹鼻
		護国寺	竹鼻ニ在リ、日蓮宗ナリ往時ハ学寮境内ニ充チ隆盛ナリシカ維新後大ニ衰ヘ僅カニ小堂庫裏総門等ヲ存スルノミ、総門ノ扁額ハ伏見院姫宮天眞院ノ御寄附ナリト伝フ