【復刻】 山科町名蹟誌

（１）

鏡山次郎　著

『山科町名蹟誌』（大正１５年・１９２６年１０月）山科町役場発行

	一	宇治郡名称ノ起源	宇治郡名称ノ起因ヲ旧記ニ稽フルニ稜威（イヅ）ノ昔ヨリ転シ来レルモノノ如シ、日本紀称徳天皇ノ巻ニ宇治方夜伎時（ウジハヤキトキ）ト書セラル即チ稜威疾時（ウジハヤキトキ）ノ義ニシテ宇治（ウジ）ハ稜威（イヅ）　ウ（・）トイ（・）、ヂ（・）トツ（・）ノ通音ナリ　ノ転語ナリ、又万葉集ニ物郎之氏川渡（モノノフノウジカハワタリ）、五早人宇治之渡（チハヤビトウヂノワタリ）、物乃布能八十氏川爾（モノノフノヤソウジカワニ）、等ノ言葉アルワ皆強健勇武ノ謂ニシテ即チ稜威ノ義ナリ尚古書ニ宇遲（ウデ）、干遲（ワデ）、氏　古事記万葉集　菟道（ウヂ）、干施（ウヂ）　日本書紀　宇治（ウヂ）　和名抄其他泛ク此字ヲ用ユ　ニ作ルモ皆借字ニシテ字義アルニアラズ、按スルニ此地タル忍熊王、神功皇后ニ反シ菟道ニ戦ヒ大山守命大鷦鷯命ト宇治川ヲ隔テ戦ヒアリスヲ始メトスシ爾後専ラ武ヲ用ヒシ地ナレバ此名称自ラ宇治河畔ニ起リ遂ニ全郡ノ称トナリシモノノ如シ。 一説ニ宇治ハ蓋シ内ノ義ニシテ三方山ヲ負ヒ南方一面水ニ臨ム其内ノ地ナレハナリトアレト附会ノ説タルニ近シ。
	一	宇治郡統治ノ沿革	宇治郡故ト八郷ノ称アリ内山科ハ山科郷、大國郷、小野郷トニ分レタリ。 一　山科（ヤマシナ）郷　本町ノ西北日岡、御陵、安朱、西野、東野、花山等ノ地ナルヘシ万葉集ニ「山科の強田（コハタ）の山ト」アルヲ見レハ其古ヘ　　ハ今ノ木幡辺ヲモ総称セル時代アリシガ如シ。 一　大國（オオクニ）郷　本町ノ東方音羽、大塚、大宅、椥辻辺ノ地ナルヘシ此地先ニ大國淵アリ後ニ　　饒速日命ノ末ナル大宅首アリ諸書ニ大宅ハ中臣鎌足ノ宅ナリトノ説多ク大國ハ即大宅ニシテ古ハ大宅ヲ中心トシテ此地方ノ大邑タリシカ如シ。 一　小野（オノ）郷　本町ノ南部小野、勧修寺、栗栖野、及ヒ醍醐ノ一部ヲ指セルモノナラン、小野諸陵墓字勧修寺ニアルヲ以テ見ルモ明ラカナリトス。
		太古	【太古】（神代ヨリ紀元千三百四年ニ至ル） 垂仁帝ノ妃ニ大國淵　日本紀ニ大國不遲ニ作ルノ女苅幡戸辺媛アリ応神帝ノ妃ニ丸邇（ワニ）之比布礼意冨美ノ女宮主矢河枝媛（菟道稚郎子ノ母）アリ其族宇治連ト成リ世々本部大少領タリ菟道稚郎子尊位ヲ兄大鷦尊ニ譲リ母ノ郷菟道ニ遜レテ宮居ヲ占メ給ヒ降リテ斉明師小栗郷ニ法琳寺ヲ造営シ給ヒ中臣鎌足山階ノ館ヲ陶原ノ地ニ営ミ後山階寺ト号セル等上古ヨリ最モ早ク皇化ニ沾ヒ史上宇治ノ名処々ニ顕ハル。
		中古	【中古】（紀元千三百五年ヨリ千八百四十五年ニ至ル） 天智帝度行幸アリ中臣鎌足維摩会ヲ山階寺ニ修スルアリ　仁明帝皇后藤原順子山階ニ安祥寺ヲ建立シ給フ等皇化汎ク布キ丸邇氏ノ一族小野氏小野郷ニ居リ其女小町世々官女トシテ朝ニ仕ヘ其一族郡司宮道彌益ノ女列子藤氏ニ入リテ　宇多帝中宮胤子（醍醐帝生母）ヲ生ミ　醍醐帝亦度々行幸アリ勅シテ醍醐寺ヲ造営セシメ給ヒ　後白河上皇離宮ヲ山階ニ営マセ給フアリ皇室藤氏ニ由緒アル神社仏閣並ヒ起リ一時ノ盛観ヲ極メタリ。
		近古	【近古】（紀元千八百四十六年ヨリ二千二百五十八年ニ至ル） 山科村ノ地勧修寺、小野、栗栖野等ヲ除キタル外ハ皇室直轄御領タリ勧修寺付近ハ勧修寺之ヲ領シ小野付近ハ小野寺ニ属ス。
		近代	【近代】（紀元二千二百五十九年ヨリ二千五百二夕七年ニ至ル） 世ノ推移ニ従ヒ統治ノ実権全ク藤氏ヲ離レ寺領トナリタルモノ多シ山科ハ一部ヲ除ク外禁裏直轄タルコト旧ノ如ク郷士アリテ之ヲ統ヘ勧修寺、隨心院、毘沙門堂、醍醐寺ノ諸門跡寺、八坂神社、園城寺、萬福寺、智積院等其他ノ各村ヲ分領シタリシガ明治維新ニ至リ総ヘテ京都府管轄トナレリ。