ふるさとの会文章部会　山科人　編

（ふるさとの良さを活かしたまちづくりを進める会　文章部会　部員）

山科文学探訪その後

－　野上弥栄子『大石良雄』から「山科義士祭」へ　－

　ＮＨＫの『日本の話芸』室井琴調　講談「赤穂浪士銘々伝より　赤垣源蔵　徳利の別れ」を見た。30分足らずの番組であったが、最後の10分は涙が止まらなかった。こんなストーリーであった。

　吉良邸へ討ち入りを控えて、赤穂の義士赤垣源蔵は兄の屋敷を訪ねるがあいにくと留守で会えない。そこで兄の羽織を前にして酒を一人で飲むのであった。その後帰宅した兄はその様子を聞くが、不思議に思いながらも寝付くが、なかなか寝られない。明け方になって表が騒がしくなり、討ち入りが決行され、その中に弟がいることを知る。そして弟が酒を持ってきたのは、別れを言いに来たのだと気づくのであった。

　小説『大石良雄』の中では登場する義士は数人である。実施の義士は総勢47人もいる。その中にはさまざまなドラマが展開し、名場面と呼ばれるものが存在する。小説に限らずこのような講談、落語、文楽、歌舞伎、映画などで取り上げられた場面や人物は数え挙げられないものではないだろうか。300年の間にこれほど多くの作品が作られ、それを何日もかけて演じる練習と、それを次世代に伝える努力があった。そしてそれぞれに人々を感動させている事実がある。これはすごいことだと思う。

このような英雄、大石良雄に対して、作者である野上弥栄子は「主君の仇を討つという武士道の徳操を輝かした彼らも、皆が皆はじめの決心でゆるぎなく邁進したわけではなかった。そこには弛緩もあり、逡巡も生じ意見の対立も出来た。大石良雄その人もまた考えられているよりは違った人物で、生れの良い善良な弱い人がそうであるように、引きずるよりも引きずられる傾向にあった。そうして最後の行動にまで彼を引きずって行った急進分子といえども、純粋な復讐の理念とともに、失職した武士の経済問題があったのだ、という（星野日子四郎氏の）説き方は私の心を打った」（昭和15年7月1日『解題』）と書いている。

山科神社での講演の際、もう少し突っ込んで話したかったのがこのごく普通の「生れの良い善良な弱い人」物であった。討ち入りという大義を前に、日常のささやかな牡丹を育て愛でるという幸福感を味わいたいと願う一武士の姿がある。ベネディクトの『菊と刀』はひょっとして野上弥栄子のこの小説を参考にしていたかもしれない。

小説の最後は大石良雄の書き遺した手紙の文が挙げられ、この小説に余韻を与えて締めくくられている。以下書き下し文（一部を追加、補充したもの）にしてみた。

宜しからず候へども　ぼたん二三種其ノ元へ　御引き取り下さるべく候ふ。

（だれか）人を遣されるべく候ふ。

後ろ髪を引かれる思いで山科の地を離れたというわけである。

さて、義士祭を支える人々が今年ほど身近に見えたことはなかった。何十年ぶりかで大石神社付近で行列を見学した。これまで12月が近づくと町内会から募金の案内が回ってくる。義士祭は一口1000円である（ちなみに共同募金、赤十字、社協の協賛金は500円である）今まで会計報告などは見た記憶がなく、「どうせ参加者の飲み食いに使っているのだろう」と思っていたから、出さない年もあった。ところが最近は募金した人に礼状が届くようになった。また、なにかと山科でいろんな活動をしていく中で、知り合いが増え、活動の姿が見えてきた、ということもあるかも知れない。

岩屋寺のすぐ下で甘酒接待をしていたので、のぞいてみた。「前日からテントを建てて、仕込みをしてますのや」と知り合いが声を掛けてきた。西野山の地元では毎年決まった金額を集めてボランティアで準備されている、という。親子そろって義士に扮した酒屋の主人が行列の中からやはり声を掛けてきた。この人は交対協の役をしている。そしてこの人に限らず、ほとんどが山科で地域とのかかわりながら生活をしている。軽トラの荷台で太鼓を叩きながら行進する人もいる。自治会の長であろうかなりの高齢の裃を付けた方は、休憩の時に両肩を抱えられながら倒れるようにして椅子にへたり込んでいた。幟（のぼり）の設置や回収にもたくさんの人が動いているのを見た。甘酒を飲みながら、太秦映画村のスタッフの話声が聞こえてきた。もうここ何年もこの行事に駆り出されているらしい。行列をしているメンバーと一緒に歩きながら、スタッフはメイクや衣装の直しを休憩ごとにこまめに行っているが、ただ遠目にはそのようすはわからない。かつて大石神社の宮司が「うちは太秦映画村のスタッフが参加しているから、日本で一番ホンマモンにちかい扮装です」と以前話していた。今年は何回もふるさとの会で訪れ、学習する機会が増えたのもあるようにも思う。愛着がわいてきたのは確かだ。

そばに近づくと参加の人々の動きが見える。そういう人たちの世話で祭りが祭りとして醸成されているといえよう。

忠臣蔵、大石神社の捉え方は多様なものがある。封建時代にあって批判的な立場や戦前の忠義、愛国主義といったものからささやかな日常の幸福を願う人間像もある。そういった見方は理解したり、納得しながらも「山科を愛する行事としての義士祭」であってもいいのではないか、とそう感じるこのごろである。

（山科人　２０２４年１２月２４日）

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