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牛尾山法嚴寺 本堂
第7章 清水寺と牛尾山法嚴寺
| 第一節 奈良時代の山科 |
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奈良時代の山科に関しては史料が少なく、実際のところあまりよくわかっていません。ただその中でも山科に関係する事項を挙げてみると、次のようになります。
奈良時代に山科に関する記述が少ないのは、「壬申の乱」の結果、都が明日香に移ったことや、藤原氏の寺院であった「山階寺」も山科を去ったことが大きいのではないかと思います。ただ、その中でも神亀5年(728)の僧行基によって、山階寺の墓地と推定される片山墓地が整備され、仏堂が置かれたことや、僧延鎮によって法嚴寺が開かれたことなどは、その後の山科に影響を与える大きな出来事であったと言えるでしょう。 |
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| (続く) |
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